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今日思った事。長めに書いた。

どうして私は生きていかねばならないのだろう。私は何故生きているのだろう。
生きていること自体に飽きている。どんなに自分を叱咤してもこれだけは変えられない。
何もかもが億劫なのだ。息を吸って吐いてものを食べて眠る。これすら億劫だ。
ケータイを弄ってくだらぬ事を誰が見るわけでもなく呟きなんとか日々生きている事への重圧を耐えている。
夢物語をなんども夢想した。働いている自分、社会に適合出来ている自分。
だがそれらはただの夢、何も出来ないのだ。
みんなが当たり前に出来ている事象を私はこなせない。何故ならば魂の賞味期限が切れてしまったから。
魂に賞味期限などあるわけが無い、そう思うだろうが確かに私はそう考える。
何事にも潮時というものがある、私は生きること自体が潮時なのだ。
いや、潮時を過ぎてしまった。生き残ってしまった。本来死ぬべき時から。
十四の時喘息の発作により死にかけた、目の前の陰影が濃くなった中でぐったりとして死を待つだけだった。
それが祖母が呼んだ救急救命士たちのおかげで病院に運ばれ生き残ってしまった。
これが一昔前だったらそのまま死んでいた筈なのに。
神はきっと死ぬ時を定めていただろうと今になれば思う。
私は生き残ってしまった。本来ならばあがりだったその瞬間から。

ならばどうしようか、この何もかも億劫で耐え難い此の世をどう生きようか。
生き残ってしまったからには生き続けなければならない。この人生は私のものなのだから。
誰のものでもない、私だけのもの。
元は死ぬべき人間だったのだから所詮この命は拾い物、ただ偶然生き残ってしまっただけだ。
ならば好き勝手に生きよう。私の人生はただの後日譚。とても長く辛いだろうが。
本来ならば死んでいるはずの今日。今この瞬間でさえも私は本来死んでいるのだ。
好き勝手、思う存分遊んでやろう。何もかもが本来なかったもの。どんな結果でも私は気にしない。何故なら死んでいるのだから。
死人であるはずの私が生き残ったからにはもうなんでもいいのだ。
気を楽にして、何事にも怯えなくていい。
例えばバイクに乗る、死ぬかもしれないと怯える。そんな事はしなくていい。何故なら死んでいたのだから。
例えば人に会う、この人に嫌われたらどうしようなどと考えなくていい。何故なら所詮は死ぬはずだった人間、どうなろうが知ったことではない。
死ぬはずだったから好きに生きよう。
私は拾い物の命、あとはこの世を謳歌するだけである。

私は唯生き続ければいい。所詮死んでいた命、何をしてもいいだろう。ならば遊び尽くしてからあっちへ逝こう。
私の人生は運命などない、遠に運命は死を選んだ。あとは私が決める。
生き続ける限りは遊んでやろう。